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セパタクロー歴16年、日本のキングTera。セパとの出会いとは?

高校までは、地元広島でずっとサッカーを続けていました。ちょうど16年前、高校3年生のときにサッカー部の監督に勧められて当時地元で開催されたセパの大会に何気なく参加したんです。それがきっかけで、いきなり日本代表に選ばれて、世界大会でタイへ。初めてタイで競技を見た時の衝撃は忘れられません。狭いコートの中で、オーバーヘッドキックよりも速いアタックが何度も見られるんですからね。それからすぐにセパへの転身を決意し、大学に入ってからはセパ一色でした。卒業後も、セパ以外の道は考えられませんでしたね。

2004年、世界最強国、タイのプロリーグで初の外国人選手に。そこで挑戦し続ける理由とは?

とにかく上手くなりたかったし、セパタクローを続けていたかった。そのために、強い国へ行きたいと思ったんです。その一心で以前お世話になったコーチを訪ねてタイに渡り、「ここでセパがやりたい!」って直談判。それから運よくチームのオーナーと出会い、プロリーグに参加することになったんです。現地のチームメイトの目には、「変な日本人のセパ少年がきたぞ」くらいに映っていたんじゃないですかね。タイでの挑戦は、決して甘いものではありませんでした。過酷な生活環境で、常に孤独と不安との葛藤。未来の保証は何一つありません。リーグを終えて帰国する度に「これで終わりにしよう」と思うんです。でも、気が付けばこの生活も今年でもう6年目。結局のところ、挑戦し続ける理由はとてもシンプルなんですよ。練習して、打ちのめされて、強くなれる。ただそれだけ。タイで挑戦することには、僕にとってそれだけの価値があるんです。

世界で得た日本の課題、そして、日本が魅せる新しいセパのカタチ

正直、タイにいる間は自分が成長しているなんて全く感じませんね。むしろ、周りのレベルが高すぎて、下手になっているんじゃないかと自信を失うくらい。そこで散々打ちのめされて、帰国後日本で練習に参加して初めて、自分のレベルが上がっていることに気が付くんです。でも、それは同時に、日本とタイのレベルの差を目の当たりにすることでもあるんですよね。今後、日本でももっとセパタクローが普及してほしいと思うのは本音です。公園で親子がキャッチボールをするように、セパタクローが日常の風景に溶け込んでいる景色を見てみたい。けれど、いくら「セパタクローって面白いんだよ」と周囲に訴えたところで、日本が競技で勝てなくては響かないと思うんですよ。だから、もっともっと強くなって、“常に世界で勝てる日本チーム”になる必要がある。そのためには、選手一人ひとり、特に若手の志を高く保つことが大切だと思っていて、それが日本を引っ張っていく僕らの責任だとも感じています。そうした意味で、蹴【kelu】は、選手たちにとっていいモチベーションになっていますね。今までとは全く違う魅せ方でセパを広く知ってもらうチャンスであり、なおかつ練習の成果を披露する舞台でもある。僕らは普段と同じプレイをしているだけですから、そこでお客さんにかっこいいと思ってもらえることは、本当に嬉しいことなんです。

『蹴【kelu】 vol.4』にタイ代表選手が参戦! 注目すべきポイントは?

今回は、サーバーのレモン(Wirawut Na Nongkhai選手、通称レモン)とアタッカーのヌン(Tinnakorn Puntes選手、通称ヌン)が参戦してくれます。レモンは、19歳という若さでタイの代表選手として活躍しているプレイヤー。サーブのスピード、緩急のあるフェイント、コースの取り方、すべてにおいて素晴らしいスキルを持った選手です。一方、アタッカーのヌンが繰り出すアタックはとにかく派手でバリエーションに富んでいます。人目を惹くプレイで、蹴【kelu】でも会場を盛り上げてくれるはず。日本で世界のセパタクローを見られる貴重なチャンスですから、大いに楽しんでほしいですね。参戦する二人の選手は確かに世界トップレベルの選手ですが、負ける試合をお客さんに観に来てもらうつもりは全くありません。僕らのホーム、蹴【kelu】の舞台で見せる、日本のプライドをかけた戦いに期待してください!

Tera
華麗なプレイで観客を魅了するチーム青龍のアタッカー。高校3年の夏にセパタクローと出会い、亜細亜大学でセパタクロー一筋の学生生活を送る。大学在学中から日本代表のエースとして活躍しており、2002年、釜山アジア競技大会では念願の銅メダルを獲得。以降、数々のメダル獲得に貢献し、2004年よりセパタクロー最強国、タイのプロリーグに初の外国人選手として参加、活躍を続けている。現在は日本代表チームの主将も務め、名実ともに日本セパタクロー界を背負って立つキングとなった男だ。
Hight/Weight:176cm/66kg Born:1976,HIROSHIMA

2009「Kelu Vol.4」ブックレット掲載インタビュー

Text by Mariko Oura
Photo by Tsuyoshi Kishimoto/LESSEPS